子供の町とは

沿革

昭和22年
アメリカのフラナガン神父御来朝
帰国の際にアメリカの「少年の町」(ボーイズタウン)のような施設を日本でも作ることを厚生省児童局が約束した。
昭和24年2月
財団法人「少年の町」の理事長小川一平氏と専務理事山崎辰次氏が県民生部折原児童課長の案内で当時の南桜井村江戸川兵器廠付属の病院施設等を視察し、環境・設備等申し分ないとして施設候補地となった。 
昭和24年3月
「少年の町」候補地として当時の南桜井村江戸川兵器廠跡が決定した。文部省・厚生省がフラナガン神父御来朝記念事業として全国40数箇所の候補地を見て周り決定した。
昭和24年4月
財団法人「子供の町」は児童福祉法による養護施設「子供の町」(定員50名)を開設した。
会長松平信子氏(元駐米大使夫人) 理事長高橋龍太郎氏(日本商工会議所会頭)園長山崎まさの氏(山崎辰次夫人)
※建物は兵器廠付属の病院内個人病室を改造、食堂・娯楽室・医療室等を整備した。一室3名のベットと机の部屋・台所・風呂場・作業室・図書室、備品は卓球台2台・野球道具・将棋・図書・衣類。
昭和24年7月
開所式
昭和25年3月
医療法による診療所「子供の町クリニック」併設
昭和25年3月
社会福祉法人「子供の町」に改組
理事長 高橋龍太郎氏  専務理事 山崎辰次氏
昭和25年9月
虚弱児施設「子供の町」定員20名認可 
昭和25年11月
虚弱児施設「子供の町」定員50名に増員認可
昭和25年12月
卒園生4名がブラジル移民(サントス丸にて)。
佐藤登・上田文男・中村正夫・島田正市の4氏。全員15歳。
邦人農園主の新田光好氏に師事。
昭和28年11月
養護施設「子供の町」定員120名に増員認可。
昭和29年9月
虚弱児施設「子供の町」定員100名に増員認可。
昭和35年5月
子供の町後援会結成。(会長 梨本伊都子氏)
昭和46年4月
養護施設「子供の町」定員150名に増員認可。
平成10年4月
児童福祉法改正による虚弱児施設廃止に伴い児童養護施設「エンジェルホーム」に改称。
平成25年3月
子供の町児童棟改築
平成25年4月
地域小規模児童養護施設「菜の花」(定員6名)開設
平成27年4月
子供の町(定員96名)エンジェルホーム(定員87名)に減員
平成27年7月
第二種社会福祉事業「生活困窮者への相談支援事業」開始
平成29年4月
子供の町(定員80名)エンジェルホーム(定員65名)に減員
平成29年12月
一時保護事業(定員6名)開始
令和3年5月
管理棟「どんぐり塔」完成